REMAINING TEETH & ORAL FUNCTION
歯の本数は、単なる数字ではありません。噛み砕く力、食塊をまとめる力、そして安全に飲み込む力——お口の働き全体と、静かにつながっています。
SUMMARY
この記事の要点
はじめに
「歯が何本残っているか」は、検診の結果票に書かれた数字として、あまり深く受け止められないことがあります。けれども歯は、食べ物を噛み砕く道具であると同時に、舌や頬とともに食塊(飲み込むためのひとかたまり)を作り、飲み込みのタイミングを支える器官でもあります。数が減れば、その働きの一部が失われることになります。
近年、高齢者の残存歯数は増加傾向にあるとされています。一方で、歯を失った方が「うまく噛めない」「飲み込みにくい」と感じたまま、年齢のせいと考えて相談されないまま過ごされているケースも、訪問歯科の現場では少なくありません。
このコラムでは、残っている歯の数と噛む力・飲み込む力がどのように関わるのか、その延長線上にある「口腔機能低下症」という考え方、そしてご自宅でできる気づきのチェックと、歯を失った後の支え方までを整理してお伝えします。
01 — ORAL HYPOFUNCTION
「口腔機能低下症」は、加齢や疾患、服薬などを背景に、お口のさまざまな働きが複合的に低下した状態を指す病名です。むし歯や歯周病のように一つの組織の病気ではなく、お口の機能を複数の側面から評価し、全体として低下しているかどうかを診るという考え方をとります。
診断では、次の7項目を検査します。このうち3項目以上に該当する場合に、口腔機能低下症と診断されます。
舌の表面の汚れ(舌苔)の付着量などから、お口の清潔さを評価します。
お口の粘膜の潤い、あるいは唾液の量を測り、乾燥の程度を確認します。
噛みしめたときの力を測定します。歯の数や入れ歯の適合とも関わりの深い項目です。
「パ」「タ」「カ」を素早く発音していただき、舌や唇の動きの速さ・巧みさを評価します。
舌が上あごを押す力を測ります。食塊をのどへ送り込む働きに関わる項目です。
実際に噛んでいただき、食物をどの程度細かくできるかを確認します。
質問票などを用いて、飲み込みにくさやむせの有無を評価します。
7項目のうち、咬合力低下・咀嚼機能低下は歯の数と直接関わる項目です。歯を失うことは、この評価軸に沿って考えると、お口の機能全体の低下につながりうる出来事だといえます。なお、これらの検査と診断は歯科医師が行うものであり、ご自身やご家族の判断で当てはめられるものではありません。気になる場合は、検査を受けられる歯科医院へご相談ください。
01 — PAIRS
食物をすりつぶす役割を担うのは、主に奥歯です。上下の奥歯が噛み合う組み合わせが減ると、食物をすりつぶす面積そのものが小さくなります。本数が同じでも、噛み合う相手が残っているかどうかで実際に噛める感覚は変わってくるとされています。
02 — FOOD CHOICE
細かく砕きにくくなると、無意識のうちに硬い食品を避けるようになります。肉や生野菜、繊維の多い食材が食卓から減り、麺類・パン・おかゆといったやわらかい物が増える——この変化はゆっくり進むため、ご本人が自覚しないまま定着することも珍しくありません。
03 — NUTRITION
やわらかい食品は炭水化物中心になりやすく、たんぱく質やビタミン、ミネラルの摂取が不足しがちになります。噛む力の低下と栄養状態の悪化には関連が指摘されており、「歯の問題」が「食事の問題」に変わっていく入り口になりえます。
03 — SWALLOWING
噛むことと飲み込むことは、別々の動作のように思えますが、実際にはひとつながりです。私たちは食物を噛みながら唾液と混ぜ合わせ、舌でまとめて「飲み込みやすいひとかたまり」——食塊をつくっています。この準備が整って初めて、のどへ送り込む動作が安全に行われます。
咀嚼が不十分だと、食塊が大きく、まとまりにくい状態のままのどへ送られることになります。粒が粗い、水分と混ざりきっていない食塊は、のどを通過する際にばらけやすく、気管のほうへ入り込む——すなわち誤嚥のリスクと関連するとされています。
また、歯を失って噛む回数が減ると、噛む刺激によって促される唾液の分泌も少なくなりがちです。唾液は食塊をまとめる「つなぎ」の役割を果たしているため、その減少もまた、飲み込みにくさに関わってくると考えられています。舌の力(低舌圧)や、口唇・舌の動きの衰えが重なると、この負担はさらに大きくなります。
「最近、食事中にむせるようになった」「飲み込むのに何度もごくんとしている」——こうした変化は、歯やお口の機能の変化を映していることがあります。年齢のせいと片づけず、一度お口の状態を確認していただくことをおすすめします。
04 — RISKS
噛みにくさ・飲み込みにくさをそのままにしておくと、変化はお口の中だけにとどまりません。全身の状態や日々の暮らしにも、少しずつ影響が及ぶことがあります。
食事量の減少と栄養の偏りが重なると、体重の減少や筋肉量の低下につながることがあります。低栄養は、体力・免疫力の低下や転倒などとも関連が指摘されており、フレイル(虚弱)の進行に関わる要素のひとつとされています。
食物や唾液が気管へ入り、そこに口腔内の細菌が持ち込まれることで起こるのが誤嚥性肺炎です。飲み込む力の低下と口腔内の不衛生が重なると、リスクが高まると考えられています。日々の口腔ケアと機能の維持は、その予防の土台にあたります。
好きな物が食べられない、人前での食事に気後れする、発音が不明瞭になり会話が減る——食と会話は暮らしの中心にあるものです。その狭まりは、外出や人との交流の機会にも影響することがあります。
COMPARISON
WHEN DECLINED
WHEN MAINTAINED
※ 経過や感じ方には個人差があります。実際の状態は歯科医師が拝見して判断します。
05 — SELF CHECK
口腔機能低下症の診断は歯科医院での検査によって行われますが、その手前の「気づき」はご自宅で得られます。次の項目は診断基準ではなく、あくまで相談のきっかけを見つけるためのものです。ご本人だけでなく、ご家族が食卓の様子から気づかれることもよくあります。
CHECK LIST
当てはまる項目があっても、それだけで診断されるわけではありません。口腔機能低下症かどうかを判断するのは、検査を行った歯科医師です。気になる項目があれば、ご相談のきっかけとしてお使いください。
入れ歯は、失った歯の代わりに噛み合わせのペアを取り戻す装置です。適合していない義歯は力を発揮できないため、痛み・ゆるみ・違和感があれば調整や修理をご相談ください。外したままにするリスクについても別のコラムで解説しています。
口腔機能の検査は、7つの側面のどこが弱っているかを可視化します。「なんとなく食べにくい」を具体的な項目に置き換えることで、取り組むべき点がはっきりします。詳しくは口腔機能低下症の検査・管理をご覧ください。
舌や口唇の運動、発音の練習、唾液腺のマッサージなど、お口の機能に働きかける訓練があります。継続によって機能の維持が期待できるとされており、ご自宅で続けられる内容をお伝えしています。手前の段階であるオーラルフレイルへの対応も同じ考え方です。
口腔機能の検査・義歯の調整・口腔ケア・訓練の指導は、訪問歯科診療でもご自宅や施設で行えます。通えないことを理由に、食べる力の相談を諦める必要はありません。
SUPERVISOR
監修:歯科医師 桐生 賢太(きりう けんた)
つむぎ歯科クリニック 院長/歯科医師
外来診療と並行して訪問歯科診療に従事し、高齢者の口腔機能管理・義歯調整に取り組む。日本老年歯科医学会員。院長プロフィール →
最終更新日:2026年7月25日
REFERENCES
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。口腔機能低下症の検査・診断は歯科医師が行うものであり、記載のチェック項目は診断基準ではありません。
症状の現れ方や経過には個人差があります。具体的な診断・治療方針については、歯科医師にご相談ください。制度や取り扱いが改定された場合は、改定後の内容が優先されます。
CONTACT
噛む力・飲み込む力のご相談を承っています。通院が難しい方には、ご自宅や施設への訪問歯科診療でも対応いたします。ご家族・ケアマネジャーの方からのお電話も歓迎です。